不登校

【抑圧】忘れたかった不登校の思い出【トラウマ】

柴ゆき
柴ゆき
こんにちは!不登校経験者で元教員の「柴ゆき」こと柴田ゆき野です。

 

「不登校経験者」とうたっているのですが、当時はまだ「不登校」という言葉ではなく「登校拒否」と言っていたような気がします。

確かに、わたしは「登校を全力で拒否」していました(笑)

まぁ、どっちでもいいですが。

 

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今回は、「忘れたかった不登校の思い出」について、少しお話ししようと思います。

どうぞ、お付き合いください。^ ^

 

まんがで分かる「忘れたかった不登校の思い出」

柴ゆき
柴ゆき
先日Twitterにアップしたまんがをご覧ください♬

 

 

忘れたい過去は、本当に忘れるらしい。

柴ゆき
柴ゆき
大事なところはすっぽりと記憶からは抜けているのですが、実は覚えていたこともあるんです。

言われてみれば…というレベルなんですが、プリントを渡した友達が帰るために一度後ろを振り向いて、またこちらを向いたところまではぼんやりと覚えていました。

しかし、記憶はそこまでで切れていました。

そのあとに言われたことも覚えていなければ、どれだけ自分が荒れたか、そこからどうやって立ち直ったかはまったく覚えていません。

不思議ですね。

忘れたいところだけ、すっぽり忘れているのです。

 

自分の心を守るしくみ。 「抑圧」は防衛機制の一つ。

ケロさん
ケロさん
「抑圧」することで、心を守ろうとしたってこと?
柴ゆき
柴ゆき
そうみたい。生きていく上では、忘れた方が自分のためだと思ったんだろうね。

 

わたしの心が、そう判断したんでしょうね。

先生から「死んでるかもしれない。」なんて言われたのを覚えていようもんなら、今後生きていけないんじゃないかと思ったのでしょう。

ある意味では、わたしの心は正常にはたらいていたのです。わたしを守るために。

 

当時のわたしに伝えたいこと。

柴ゆき
柴ゆき
忘れたいほど辛いことを「本当に忘れてしまう。」という荒技で乗り切った当時のわたし…。

 

ひとこと伝えるなら…

 

柴ゆき
柴ゆき
よくやったわ。ほんと。

 

でしょうか(笑)

意図的にではないにせよ、生きるために「忘れる」という判断をした自分の心に「ありがとう」と言いたいです。

その判断のおかげで、今のわたしがあるんですから。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました!^ ^

 

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◇柴ゆきのつぶやき◇

「死んでるかもしれない」…かぁ…。正直きっついですね(笑)自分ですら、当時の自分のことを「かわいそう」と思ってしまう(笑)。ただ、先生側に立ってみることもあって、こんなことを言わないといけないくらい「不登校の子がいるクラスの担任」は追い詰められていたのかな、と思うこともあります。まぁ、だからと言って言っていいことと悪いことがありますけどね!^ ^