こんにちは!「柴ゆき」こと、柴田ゆき野です ^ ^
会社勤めなど、雇われる立場の人だったら「仕事辞めちゃおっかな…。」って、考えが頭をよぎることもあると思います。
私はありました!笑
そういう場合っていうのは、おそらく職場や仕事内容になんらかの不満があることが多いと思うのですが、みなさんいかがでしょうか?
解決できそうな不満だったらそこまで深刻じゃないかもしれませんが、自分1人の力じゃどうにもならない問題も多いかと思います。
今回は、私が教員時代に「退職」の文字が頭をよぎった瞬間について紹介したいと思います。
すでに今「退職」文字が浮かんでいる人は、ぜひ自分の状況と重ね合わせてみてください。
①恐怖!土曜授業の復活!!
県や自治体によっても違うと思いますが、私が住む地域では土曜授業が始まっています。
毎週ではありませんが、月1だったり、学期に2回とかだったりいろいろのようです。
基本的に午前中授業で、給食なしで帰ります。
授業参観や学習発表会などの行事を行う場合もあるそうです。
風の噂ではなんと『定期テスト』を行ったところもあるよう…。都市伝説だと思いたい。
半日だから、午後年休取ることも可能でしょうが、週6勤務なんてどう考えてもいやです。笑
いやですが、授業日で子どもは学校に来ますので、教員として働くなら従わなければいけません。
単純な話なんですけど、そもそも週休2日制だとしても
『なんで5日分の疲れを2日で解消できると思っているの?』
という疑問を持っているわたし。笑
土曜日にも出勤して、6日分の疲れを1日でとるなんて不可能です。
この記事をリライトしている2023年現在も土曜授業は継続しています。もうスタンダードになりつつあるのでしょうか…。
②時間・資源の無駄が多すぎる!!
職員会議が最たるもので、時間・資源の無駄が多すぎです。
全部プリントアウトされたあげく、見りゃ分かるじゃんレベルのことまで、逐一読み上げ確認する…時間の無駄だと思いました。
そういう会議のせいで、朝の忙しい時間や、授業後の貴重な時間が奪われていくわけですよね。
非常に、もったいないことです。
他にも、毎日の日誌・手書きの出席簿・要録などなど、削減できる無駄はたくさんあると思います。が、これも一現場の職員が声をあげたところで変わりません。
先進的な先生方が、会議資料は基本はデータでと声を上げても、一部の発言力のある教員(多くは「ベテラン」と呼ばれる年配の方)の一言で紙媒体に戻ったという話も聞きます。
また、職員『会議』とは名ばかりで、そこでの議論はほぼありませんでした。基本は『連絡』『確認』です。それならば、おのおの「資料読んでおいてください。」で問題はないと思うのです。さて、現在ではどうなっているのでしょうか。
③洗脳教育?「道徳」の教科化!
時代とともに考えは変わっていくものです。
もちろん分かっています。
が、しかし。10年で、根本から考えが変わってしまうことには不信感しかありません。
今までは、多様な意見がたくさん出て、いろいろな考え方に触れることができるのが道徳の授業という位置付けでした。
しかし、「特別な教科・道徳」になったことで、評価をする必要が出てきたのです。
個人の道徳性や価値観が評価されるのです。
…文言での記述だから、とかそんなものどうでもいいです。
人の心を評価することが、そんなに簡単にできるのでしょうか?
なんでしょう?神にでもなったつもりなんでしょうか…。
私は道徳の教科化のことを知ったとき、純粋に恐怖を感じました。
学校はどこに向かっているのだろう…と本気で心配になりました。
文言での評価という形をとっているのかもしれませんが、それをつけるのは人間である学校の先生です。
先生たちにだって、それぞれの価値観や道徳性があります。
道徳性って道徳の時間だけの問題じゃなく、それが本当の意味で発揮されるのって普段の生活の中ですよね。学校の中だけ、先生の目のある場所だけで見える部分で評価することにどれだけ意味があるのでしょうか。
④いつの間にか、栄養ドリンクが手放せなくなった。
仕事がだんだんハードになってきた20代後半ごろから、栄養ドリンクを飲むのが習慣になっている自分に、ある時ふと気がつきました。
しかも、真面目に、もっと効く栄養ドリンクやサプリメントを検索し、買いに行く始末…。
もっと、効くものを…!
もっと、よく効くものを…!!
と、一種の依存状態だったと思います。
でも、そのことに気づいたとき、怖くなったんです。
「この仕事を続けている限り、ずっとこんなモノに頼らないといけないの?」って。
「栄養ドリンクを飲まないとやっていけない仕事って…そもそも私に合っていないのでは?」
と、冷静になったとき「退職」のふた文字が一層濃くなりました。
ちなみに、教員辞めてからというもの栄養ドリンクなんて飲む必要なくなりました。
もし、栄養ドリンクやサプリを日常的に使用している人は、そこまで無理してやらなきゃいけない仕事なのか、考えてみてください。
そんなものに頼らないといけないくらい、体が無理しているってことですよね。
ありのままの自分でもできる仕事。それを探す価値はあるのではないかと思います。
教員を辞めた今、思うこと。
退職関連の記事では、毎回と言っていいほど書いていますが、「辞めたことに対する後悔」は1㎜もありません。
たくさん考えて、冷静に出した結論なので、むしろスッキリ満足しているくらいです。
辞めるまでは「辞めたら、どうやって生活していこう?!」って不安もありましたが、選ばなければ仕事はいくらでもあることが分かったし、結果的に念願の心理職にも就くことができ、イラストでもお金がもらえるようになり、日々が充実しているのを感じます。
仕事が人生でどれくらいの割合をしめるのかという優先順位の問題もあるし、単純に向き不向きの問題もあるとは思います。
教員の仕事を「楽しい!」と思ったことも、たくさんありますが、それは私の自由な時間や、やりたいことを犠牲にした上で成り立っていたことなので、どれだけ楽しくても「続けたい」とは思えなかったんですね。
でも、そのことに気づくことができたのも、教員の仕事を8年間続けることができたおかげです。
自分の限界も知ることができましたし(笑)
こうやって、ブログネタにもできるわけなので、辞めたことに後悔もなければ、教員の仕事に就いていたことに対しても後悔はありません。
学んだことすべてが、私の血となり肉となり(笑)、心の糧となり、今の私を動かしているのだと思います!
それでは、今回は「教員時代に『退職』の文字がよぎった瞬間」というタイトルでお届けいたしました!
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
◇柴ゆきのつぶやき◇
「また、教員として働きたい?」と聞かれても「ぜったい嫌です。」と答えてます。自分の素直な気持ちです。辞めてから5年ほど経過しましたが、教員の仕事環境がよくなったとは思えません。それどころか、実質定員割れの自治体も相次いでいますよね。免許がなくても教壇に立てることを打ち出している自治体もあり、教員としての仕事を侮辱しているのかなぁ、と本気で思います。ただ現場でがんばっている先生たちのことを好きなので、影ながら動向を見守っていきたいです。