メンタル

「逃げる」って悪いこと?

こんにちは。元不登校ブロガーの「柴ゆき」こと、柴田ゆき野です。

 

今日は「『逃げる』って悪いこと?」と題して、「逃げる」ことの意義についてお届けしたいと思います。

 

そもそも、どういうときに「逃げる」のか。

ではでは、まずは漫画から。

 

 

柴ゆき
柴ゆき
ケロさん。ヘビににらまれたら、どうする?
ケロさん
ケロさん
……逃げるよねそりゃ。当たり前。
柴ゆき
柴ゆき
その「当たり前」ができないのが人間だったりして。

 

わざわざ言うまでもないかもしれませんが、野生動物は危険を感じると逃げます。身の危険…つまり、「命の危険」です。

命が危機にさらされているとき、生き物は「逃げたくなる」のです。

しかし、人間はどうでしょうか。本能レベルでは「逃げたい」と思っていても、逃げない、逃げることができない、そもそも「逃げる」という選択肢を選べないことがあるのではないでしょうか。

 

柴ゆき
柴ゆき
まぁ、私がそうだったんだけどね。

 

「死ぬほどじゃない。」のに逃げていい?

 

ケロさん
ケロさん
でもさ、野生動物は生と死と隣り合わせなわけで…人間が「逃げたい」と思うときって必ずしも「命と隣り合わせ」ってわけじゃないでしょ?
柴ゆき
柴ゆき
ケロさん。それ、ドM思想だよ。
ケロさん
ケロさん
ドM!!!?

 

「命に直接関わらないから」と言って、あらゆる理不尽が我慢できますか?

「命に直接関わらないから」上司のパワハラを受け入れますか?

「命に直接関わらないから」睡眠時間削って残業しますか?

「命に直接関わらないから」意味のない職場の習わしに付き合いますか?

 

でも、それって、あなたのエネルギー…つまり、生命力をものすごく消費しませんか。消費ならまだしも、ただただエネルギー垂れ流しの「浪費」状態になっていませんか。

確かに、直接「死」には結びつかないかもしれませんが、少しずつ生命力を削り取られている状態です。

また、心では「逃げたい」と思っているのに、それと逆の行動をとることは、車でいうと「ブレーキとアクセルを一緒に踏んでいる状態」です。つまり、

柴ゆき
柴ゆき
空回り!!
ケロさん
ケロさん
えっ?!ブレーキとアクセル一緒に踏んだことあるの?!
柴ゆき
柴ゆき
まぁ、ないよね。てか、そんなこと普通しない。だって、危ないって分かってるから。でも人間ってそれを自分の体でやっちゃうの。

 

「ブレーキとアクセルを一緒に踏んでいるのと同じ状態」っていうのは、他でもない「私」が、鬱になり休職した際に病院の先生から言われた言葉です。(笑)

とても分かりやすく、それがどれほど危険な状態なのかに気づかされました。

ただ、人間って「自分が壊れるとき」を正確に把握することができないんじゃないか、って思うんです。私もそうだったのですが、「まだ、大丈夫。」「自分に限って鬱なんて。」って思ってしまい、気づいたときには「逃げる」っていう思考すら出来なくなっているのかもしれません。

だから、「逃げたい。」と思ったとき…そう自分で判断できるときに、逃げた方がいいのです。

ですが、そう簡単にいかない。

「逃げる」=「悪いこと」という刷り込みがある。

どちらかというと「逃げる」という言葉には、ネガティブな印象があります。

ですが、自然界の例を見れば分かるように「逃げる」ということは、自分の身を守るために必要なこと。もっと言えば、自分の種を絶やさないために、脳にプログラミングされたものなのです。

では、それと逆の認識は、私たちの中にいつ芽生えるのでしょうか。

 

柴ゆき
柴ゆき
一概には言えないんだけどね、学校の影響ってやっぱ拭えないよね。
ケロさん
ケロさん
先生って「あきらめるな!」とか「やればできる!」ってフレーズ好きだよね。
柴ゆき
柴ゆき
(やっぱり、カエルの世界もそうなんだっ!!!)

 

カエルの世界は置いといて、「あきらめるな。」とかの、ポジティブな励ましは(百歩譲って)まだいいとして、「すぐ諦めるから、できないんだ。」とか「ここで辞めるは逃げだ。」とか、あきらかにに脅迫まがいの指導が入ることって、少なくないです。

教育の現場って、(ブラック企業もそうだと思っていますが)まだまだ根性論の世界で、できない理由を「個人の意識」の問題とすることが多々あります。

終いには「心が弱いからだ。」と言われる始末。

どうすればできるか、を一緒に考え、教えるのが教師の役目だと思いますが、そんな先生ばかりじゃない。

ブラック企業に置き換えて見れば、部下の力量を把握し、仕事を適切に割り振りマネジメントするのが上司の役目だと思うのですが、現実はそうじゃない。無理を承知、残業ありきで仕事を割り振る上司は、よっぽど無能と言ってもいいはず。

話を学校教育に戻しますが、そのような指導を十数年間に渡り受けたら、「逃げること=悪いこと」と考える人間が育つのは当然のことです。(私は現在の教育の在り方は、「ブラック企業に対応できる人間」を育てるものだと思っています。教育問題とブラック企業問題はセット。)

 

「逃げたい」と思えるうちに、逃げよう!!

 

柴ゆき
柴ゆき
はい!自己ベスト出して逃げましょう!!

 

「逃げたい」そう、冷静に判断できるうちに逃げることって、自分へのダメージを最小限に抑えるためには、とても大切なことです。鬱などの適応障害を発症すると、数ヶ月〜数年以上という長いスパンで苦しむことになるからです。

たまに「逃げ出すのはいつでもできる!」と言って止める人がいますが、そうだとしても「逃げるのにベストなタイミング」っていうのも確実にあります。それが見極められるのは、「逃げる」という経験をたくさん積んだ人ではあるのですが…。

 

柴ゆき
柴ゆき
あとひとつ言いたいことがあって、逃げる時は必ず「何か」に向かって逃げましょう、ということ。逃げ道は用意しておく。闇雲に逃げない。
ケロさん
ケロさん
最初の漫画のシマウマも逃げた先に、ワニやピラニアがゴロゴロいる川だったりしたら最悪だもんね。

そうですね。逃げた先に必ず「自分の欲する何か」がある状況を作っておくといいと思います。それは、漫画のシマウマと同じ「安全」でもいいと思います。逃げる先に「何か」を用意しておくと、より積極的に逃げることが可能になります。(笑)

仕事なら、次の仕事を見つけてから、または目処をつけてから辞めましょうってことですね。^ ^

 

今日のまとめ

◇逃げるのは、自分の身を守るために必要なこと!

◇逃げたいのに逃げないのは、エネルギーを浪費しているのと一緒。

◇「逃げたい」と思った時が逃げるタイミング!

 

以上「『逃げる』って悪いこと?」というタイトルでお届けしました。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。(*^_^*)

 

◇柴田のつぶやき◇

ちょっと視点を変えて、歴史の話。^ ^

幕末に活躍した桂小五郎は、別名「逃げの小五郎」と呼ばれ、ときには乞食に変装するなど、ありとあらゆる手段を使い「逃げ」ました。しかし、最終的に桂小五郎は明治維新後、木戸孝允という名で活躍し、新たな時代を築く一翼を担いました。なぜ、桂小五郎は逃げたのか。…他でもない「志(こころざし)」のためです。「より良い日本を。」という一心から、自分の身が危険にさらされると積極的に逃げました。逃げて、再起を見計らっていたのです。「逃げ=恥」という武士の文化が浸透していた時代に、桂は異色の存在だったと思いますが、現代においても彼の姿勢からは学ぶことが多い気がします。