「あ〜!!!今週も指導簿ためちゃった!しかも今日って月末じゃん!!出席簿も書かなきゃ!!」
月末になると、職員室のいたるところでこのような教員の悲痛な叫びが聞こえてきます。
「めんどくさい」と誰もが思いつつ…つぶやきつつも、数分後には机に向き合いせっせと事務作業をこなす先生方。
一方では「あっ!!間違えた!」と、顔を引きつらせ、管理職に相談に行き、訂正印を押し、ため息とともに作業に戻られる先生の姿も…。
今月も、お疲れ様です。
学校の先生たちをじわじわと苦しめる存在…。それが「学級事務」です。
先生の仕事って、子どもと接するところがほとんどかもしれませんが、教職に就いてみて感じたのは、いかにこの学級事務が教員の多忙感を増長させているかということ。
先生になる方は、真面目な方が多いと思いますので、それでも淡々と、ときに愚痴りながらもこなしていらっしゃる方がほとんどだと思いますが、やっぱり「無駄」と思うものは「無駄」です。
何より「無駄」と思いつつ、それの「無駄」に奪われていく時間が非常にもったいない。
「はたして、これは本当に子どものためになるのか?」と自問自答しながら、定時をとうに過ぎた職員室で、ひたすら書き写すだけの作業は苦行以外の何モノでもありません。
今回の記事では、私の経験上「無駄」と思えた学級事務について、検証していきたいと思います!!^ ^
Contents
論外!!手書きの出席簿・要録などなど!
二度手間!三度手間!!の出席簿。
出席簿は、書いて字のごとく「児童・生徒の出席の記録」です。
デジタル化されており、成績などを打ち込むソフトに出席を入れておけば、統計までしてくれて、印刷して貼り付ければOK!という自治体もあるようですが、私が平成29年の年度末まで勤めていた自治体では、全部手書きでした。
手書きで書く手順は人によって違うと思いますが、私は
①保健室から配られる「健康観察簿」を見て、成績ソフトに打ち込む。
②その成績ソフトの画面を見ながら、出席簿に書き写す。
ということをやっていました。
健康観察簿から直で出席簿に移すのもありですが、どうせ成績ソフトにも入力する必要があったのです。通知表がらみで。
なので、一見面倒ですが、この手順を踏んでいました。
一見じゃないですね。非常に面倒な作業です。同じ作業を何回もしなきゃいけないので。
当然写し間違いもあります。
そういう時は、訂正印が必要になります。
また、インフルエンザなどで出席停止や欠席が多くなった時は地獄です。
ただでさえ小さいマスの中に、欠席理由まで正しく書き込まなければいけません。
間違えたくありませんので、ただ移す作業ですが、非常に神経をすり減らす、なんともコストパフォーマンスが低い作業でした。
デジタル化は都市伝説?!時代に逆行!手書きの指導要録
よっぽどなんですよ(笑)
指導要録とは、一年間の最後に書く個人の記録です。
ABCなどでつける教科の成績だけでなく、文言で記入する箇所、出席の記録(欠席理由まで書く)、生活・学級活動の記録等…多岐に渡っております。
これも、デジタル化ができている自治体もあるようですが、私は手書きでしたのでデジタル化は都市伝説くらいに思っています。
成績などは、成績ソフトが集計してくれるので(きちんと入力していれば)、あとはスタンプ(!)で、ABCを押していけばいいのですが…
手書きの文言のところが、ひっじょーーーーに厄介で、内容も細かく、◇教科に関すること◇総合的な所見に関すること◇表彰関係など◇学級活動に関することなど、非常に煩雑です。
なので、先生たちは、教科の成績もつけながら、常日頃から子どもを多面的に観察し、記録に残しているわけです。(残してないと困るのは自分ですので;)
それはいいんです。千歩譲って(笑)
子どもの評価も仕事のうちです。
ただ…なぜ、いまだに手書きの自治体があるのかということ。
手書きにメリットはありません。皆無です。この時間泥棒。
要録も、出席簿と同じ公簿(一定期間の保管義務がある)なので、間違えれば訂正印だし、記入後は管理職チェックが入り、さらに訂正が入ることもしばしば。
間違いたくない人は、一回パソコンで下書きをしてから写していらっしゃいましたが…それだけの労力をかけたとしても、内容に関して言えば一年に一回見るか見ないかです。
公簿ですので、文言も当たり障りのないことしか書けません。
そんなんで子どもの実態なんて伝わりません。
要録があったおかげで助かった〜なんて話も聞きませんので(笑)、要録の仕組みから見直してもいいんじゃないかとすら思えます。
日誌なんてつけてる暇ないよ!日々の記録その名は「指導簿」!
指導簿と呼んだり、週案と呼んだり、地方自治体によって言い方は様々かと思いますが、その実「日誌」のようなものです。
出席の記録は、出席簿にしますので、この指導簿は時間割に沿って書かれます。
つまり、その時間の単元名、めあて、指導した内容、気づき、課題などを、書き込んでいくわけですが…これがかなりめんどくさい(笑)
私もよくためていました。
つける暇がない、以前に「書く意味がない」と感じていたからです。
上手に有効活用されている先生もいるのは知っていますが、私には合っていませんでした。
指導簿は公募ではないのですが、学校の管理職によっては、毎月の提出を求めてきたり、そうでなくても、学校訪問(教育委員会などが点検にくる)などでは点検対象になっており、やはり提出が求められます。
提出前ギリギリになって、ためた分を書く様は、まるで夏休みの宿題を最後の日にやる小学生のよう…(笑)。
熊本市は指導簿無くなったと聞きますが、私は熊本県の採用だったので、教員生活8年間ずっとお付き合いしましたが、やっぱり無駄だと思います。
そんなの書く暇があったら、テストの丸つけとか終わらせたい。が本音。
いい加減、やること精選しませんか?^ ^;
出勤時間前倒し!恐怖の集金日!!
学級費や給食費がどちらも引き落としな学校って、全国的にみてどれくらいの割合なんでしょうか…。
私は、8年間の教員生活で2校しか回らなかったので、サンプルは限りなく少ないのですが、私の場合はどちらも学級費は担任が集金方式でした。
お金が絡むと、非常に厄介です。
それは、トラブルが起こったとき。
持ってきていたはずのお金がなくなっていた、なんてことが起こったら大問題です。
なので、担任の先生は、集金日は子どもより先に教室に入り、登校してきた子に「お金は持ってきていないか。」声を掛け、持ってきている子には、目の前で封筒の中身を一緒に確認し、名簿に日付とともにチェックをする…。という作業を、持ってきた子ども分繰り返します。
中身を一緒に確認するのは、実は金額が足りていなかったなどのトラブルを防ぐためです。
実際、連絡袋やランドセルの中に、小銭が紛れてしまっている場合もあります。
集金はこれで終わるわけではなく、期間内に提出がない家庭には、電話や連絡帳で催促をします。
これが、結構嫌です。
…すみません。かなり、嫌の間違いでした。
だって、借金の取り立てみたいなんですもん。そんなことするために教員になったわけじゃないやい(笑)
些細なことではありますが、積み重ねるとストレスなんですよね。
百害あって一利なし!アンケート地獄!!
1年間を通して、様々なアンケートが上からおりてきます。
子ども相手のものだと、「いじめ」「学校評価」「校内研関係」「学力調査関係」あと、イレギュラーなものだと「地震後のメンタル関係」など。
教員向けだと、前述した「多忙感に関するもの」「メンタルヘルス」「情報化」「人権問題」などです。
同じものが一年に数度ある場合もあり、子ども向けの集計はかなりの確率で担任まかせになっています。
なんでもかんでも調査すればいいと思っているのでしょうか…。
調査した結果が、現場に形となってフィードバックされていないような印象があります。
低学年だと、説明もしながら進めざるを得なく、一時間アンケートに取られてしまうことも珍しくありません。
当然集計は、休み時間や放課後の空いた時間にします。
はっきり言って、仕事は他にも山積み状態な上に、この単調な作業はかなり面倒です。
だって、誰がやっても同じでしょ?
担任としては、明日の授業の準備とか、気になる子の保護者連絡とか、自分がすべき仕事を優先したいのです。
終わったと思ったら、また1つという具合に降ってくるアンケートたち…。
これも1つの無駄ですね。
なぜ、無駄はなくならないの?
出席簿、指導要録などに関して言えば、デジタル化が進むことでかなりの負担感が減ることは間違いないです。
記事内にも書きましたが、デジタル化している懸命な自治体もあります。
働き方改革の前に、学校のシステム改革は必須事項です。
ハード面を整えればできるのに、なぜやらないのでしょうか。
子どもと向き合う時間を確保するには、いかに学級事務をカットするか、そして効率よくするかが鍵だと思います。
今だに学校現場では、「面倒なことを我慢してやるのがえらい。」とか、「楽をするのは悪いことだ。」という、一昔もふた昔も前の精神論がまかり通っている実態があります。
そんなんで、次の時代を生き抜ける人材が育つのでしょうか。
今後の現場の動向にも、関心を向けておきたいと思います。
少しでも、学校の先生方の無駄な負担がなくなりますように。^ ^
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
◇柴ゆきのつぶやき◇
「楽をしたい」という人間の欲求があったから、洗濯板は洗濯機になったし、かまどはガスコンロになり、そこに「安全に使いたい」欲求が加わってIHになったのだと思います。「楽をしたい」は決して悪いことではない。むしろ、その欲求のおかげで、文明は発達し進化してきた、というのに…。教育現場は、いつまで時代に逆行するのでしょうね。